「帯に短し襷に長し」
ということわざがある。
一片の布があるが、帯にするには短いし襷にするには長すぎる。
中途半端で役に立たないことの例えである。
私が今使っている掛け布団はまさにそういった具合で、
この季節、かぶって寝るにはやや暑いが、そういって布団を取っ払ってしまうと寒い。
真夏の夜というのは温度調節が実に難しい。
布団のせいもあり、私は汗ビッショで起きたり、朝冷え固まった体で目覚めることがよくある。
しかし、実はそれほどこの事実を不愉快には感じていない。
もちろん、かぶって寝たせいで汗ビッショで目覚めた瞬間は気持ち悪い。
が、なんといえばいいのか。
この「温度を調節する」という行為をもっと遠巻きに見てほしいのだ。
自分は「暑い」と「寒い」の両方を「持っている」のである。
暑くもできるし、寒くもできる権利と力が私にはあるのだ。
寒い冬にこたつに入ってキンキンのアイスを食べたりとか、
夏にクーラーガンガンの部屋でキムチ鍋を食べたり、
という経験が誰でも一度くらいはあると思うが、
これらの何が楽しいって、
暑くも寒くもできるのだという全能感を味わえるからである。
このとき私たちは、
過ごしやすい適温を求めているわけではない。
アイスやキムチ鍋をシーズン外に美味しく食べるという喜びと共に、
暑くする、寒くするも自由自在だという幸せを噛み締めているのだ。
こういった、
「暑い」と「寒い」の二つの方向、どちらを選ぼうかという状況は側から見れば悩んでいるように見える。そしてそう見えるのは当然のこと。
なぜなら選択肢がある幸せ、というものは現状をかなり客観的に見て感じられることであり、悩んでいる最中に「ああ幸せ」と思えることはそうない。
それでも、選択肢を持って悩んでいる人間というのは上等に見えたりするものだ。
ここから当記事の本題である。
何か悩んでいる風な歌詞を書く方法。
悩み葛藤している人間の言葉には深みが出るもの。
悩みがない、もしくはなさそうな人間は「気楽でいいよな」と鼻で笑われてしまう。
しかし、悩みを言語化するのは大変エネルギーのいることだし、
そうぽんぽんと作品に落とし込めるものではない。
本当に深刻な悩みは歌詞になんてできなかったりする。
そこで「何か悩んでいる風」な歌詞が必要となるのだ。
そしてその方法こそが、
前提でずっと話していた
「両極の選択肢で悩んでいる状況」を描くことである。
こんな風に言うと難しそうだが、
実際は以下のような言葉を歌詞にねじ込むだけである。
期待と不安
自力と他力
喜びと悲しみ
始まりと終わり
どうだろうか、いかにも歌詞っぽいフレーズだろう。
これらを使って早速歌詞を書いてみよう。
せっかく熱帯夜の話をしたので夏の歌にする。
まずはベースとなる歌詞が以下。
駆け出すビーチ
広がる青い空と海
夏が始まる
どこかで見たことがありそうな歌詞だが、
なんの知性も悩みもなさそうである。
なのでいじってみよう。
駆け出すビーチ
広がる青い空と海は終わりと始まり
夏が始まる
どうだろうか。
なにやら急に深みが増したことはないだろうか。
空と海が、何か終わりと始まりを象徴しているかのようだ。
意味など全くないのに深読みが捗りそうである。
もう一つくらい例を出そう。
さっきは舞台が海だったので今度はプールにしてみようかな。
駆け出すプールサイド
交わる人と波 夏が始まる
いい具合にしょうもない。これをいじってみる。
駆け出すプールサイド
自力と他力、交わる人と波
夏が始まる
先ほどよりは若干無理やりねじ込んだ感があるが、
これくらいなんてことはない。
自力と他力、波に流されるか自分で進む(泳ぐ)か…
など勝手に深読みができてしまう。
この手法は本当に便利である。
そして、これらのフレーズは抽象的であればあるほど汎用性が高くなる。
「始まりと終わり」など特に抽象的だが、
そこは聞き手側の深読みに任せることが出来る。
ラブソングであれば「出会いと別れ」のことのようであるし、
音色にオルガンでもぶち込めば「生誕と死」のようにも演出できる。
全ては深読みに任せていれば良いのである。
深読みに任せることへの有用さについてはこの過去記事でぜひ。
じゃあもし
「あの『終わりと始まり』ってのは何を意味してるんでしょうか?」
と聞かれたら。
本当は意味なんてないのでまずい展開のようだが、
なんら問題ない。
それらしい顔をして
「意味なんて…ありませんよ」と答えておけばこれまた何か深い意味がありそうで、
謎を迷宮入りさせそのまま逃げ切りに成功である。
最後になるが、
このような深読み任せの手法は、文字作品の中でも歌詞と相性が良い気がする。
歌詞はその意味だけでなく、
曲全体の雰囲気を演出したり、韻を踏んで響きをよくしたりと目的が様々。
意味を重視しなくても許されやすいのだ。
歌詞を日常的に書くクリエイターの皆様はこの恩恵を受けて、創作に励みましょう。