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音楽コラム

笑わないとシバかれそうな曲 -森七菜「スマイル」歌詞

マイル」は、二人組ユニット「ホフディラン」が1stシングルとして1996年にリリースした楽曲である。あの「こち亀」のエンディングテーマとしても起用された経歴もある。

そして今をときめく俳優・森七菜がカバーしスマッシュヒットとなったこの曲だが、

まず森七菜の声が良かった。
声質もそうだが、「上手すぎない」というところも含め、
彼女のタレントとしてのイメージと何一つ違わないものであった。
そりゃあ売れるに決まってる。

とはいえ、気になる点がある。
この曲の歌詞、結構トガった内容をしているのである。
雑にまとめると、「笑って」と一万回繰り返すような歌詞なのだが、
さっそく出だしから見ていきたい。

いつでもスマイルしようね
とんでもないことが起きてもさ

「とんでもないことが起きた」と言ってるのに、
スマイルを強要されるなんてマクドナルドのクルーも真っ青である。

可愛くスマイルしててね
なんでも無い顔して出かけりゃいいのさ

かなり何度も言い聞かせている。

勝手な推測だが、「スマイル」させられる側の人は、
急いで家から出かける直前、床にコーヒーでもこぼしたのだろうか。

鍵も持ってカバンも持って「さあ仕事に出かけよう」という時に、机の端の方に置いていた飲みさしのコーヒーを床にぶちまけてしまった。
今すぐ掃除したいが、今日は朝一から大切なプレゼンがあり、何があっても電車に乗り遅れることができない。
そんなシュチュエーションの人にアドバイス。

可愛くスマイルしててね
なんでも無い顔して出かけりゃいいのさ

妄想のせいで、余計に無茶な歌詞に思えてきた。

「帰ったら拭く… 帰ったら拭く…」と唱えながら通勤路を走る心境を思うと、
とてもスマイルなど作ってはいられない。

ねぇ笑ってくれよ 君は悪くないよ
ねぇ笑ってくれよ さっきまでの調子でYeah

Yeahじゃない。
人間の都合というのは常に変わるものであり、さっき笑ってたし今も笑おうというのは無理な話である。

あと、「君は悪くないよ」は状況を知らぬまま適当に言っている感じがする。
なにか寛容で冷静に言葉をくれているようだが、
「笑え」と一万回言うものが寛容で冷静なわけがない。

 

と、ここまで長々書いたが、正直なところこれらは私の屁理屈、こじつけである。
実際、森七菜のカバーバージョンで聴くと、深く考察するような曲でも無いのが感じとれるので、実際多くの人が気にならず聴けるのだろう。

しかし本家のバージョンだとどうだろうか。

カバーと一転、ノスタルジックなイメージ。
こち亀のエンディングにぴったりだし、「三丁目の夕日」も頭に浮かぶような気もした。
まあ三丁目の夕日の時代まで遡らずとも、25年前の曲だな、という印象ではある。

この曲、先ほど紹介した以降の歌詞を見ると、「笑って」の連呼以外で「圧」を感じるニュアンスが出てくる。
例えば、「深刻ぶった女はキレイじゃないから」というフレーズも2021年現在ならなかなかの反発を呼びそうである。

ただ、森七菜が歌うので、結果として火消し的な効果になっている部分が多いと思う。

歌詞の後半でも、

もうすぐだね あと少しだね
その時の笑顔が全てをチャラにするさ
もうすぐだね 長かったね
早くスマイルの彼女を見せたい

という部分があるが、
最後の一文で「えっ?」となる。
「早くスマイルの彼女を見たい」でなく「見せたい」なのである。
その前にも、「町中に君を見せびらかすから」というフレーズがあったりと、あくまで「僕」側の心情が優先されている。

ただ、見せたいのが「笑顔」であるのでそこまで毒性はないようにも思えるのだが、
これが例えば「早く金持ちの彼氏を見せたい」や「早くスレンダーな彼女を見せたい」であったらもっとややこしかった。

同じ歌詞やメッセージであっても、歌う人間や時代によってどう取られるかが変わるのは至極当然のことである。
昔の曲が時代を超えてカバーされるという時、作り手独自の目線が強すぎるものはタイアップには不向きである。

「古き良き」のイメージで蓋をされていたが、現代で開けてみれば「良き」ではなかったという場合も多々あるのだろう。
なのでそういった事故を防ごう!とするならば、
もはや「空は青く、鳥は歌い」のような歌詞の曲しか発表できなくなる。

星野源の歌詞が覚えにくいのは踊るためである
(情景を歌うことのメリットデメリットについては過去記事のこちらもぜひ。)

森七菜の「スマイル」は「オロナミンC」CMの起用曲であった。
タイアップ曲というのは第一にメイン商品の宣伝を邪魔してはいけないので、
余計な賛否の「否」の可能性は断つ必要があるのだが、
そう思うと、良くも悪くも茨の道をゆくような選曲であったように思う。

ただ結果的には、オロナミンCうんぬんよりも、
森七菜がカバーしたこの曲自体がブレイクしたので、
彼女のイメージに合う「スマイル」というフレーズや曲調というポイントでの選曲が正解、または勝利であったのだと思う。