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創作 ヒント

歌詞における「雨のち晴れ」は歌ってないのと同じくらい意味が無い (平井大/陽のあたる場所へ)

 

詞を書く上で大切なこと、
それはパンチラインだけで構成しないということである。

パンチラインというのは「一番の聞きどころ、盛り上がるポイント」。
ここぞ、というような気合の入ったフレーズがずっと続くのはNGということである。

これはスピーチなんかでも同じことだ。

 

3年生のみなさん! 本当に卒業おめでとう。
これからそれぞれの道へ羽ばたいていく皆さんへ、
私が心から伝えたいことが26個あります。まず一つ目。人と出会った時は〜….

と、こんな真似はNGだということだ。

本当に伝えるのが上手な人というのは、話の要点を絞って伝える。
そして同時に、「ここが話の大事なところ(要点)だな」と受け手にぼんやりと理解させる。これらを守ると、非常に濃密で、且つだらだらとしない上手な「伝え方」になるのだ。

 

そして、その二要素を守るために必須なのが「意味のない部分」である。

 

「君たちが入学してきた日は、その制服もまだつんつるてんといった感じでしたね。
その可愛らしい姿を今でも覚えています。
でも、今ではすっかり立派に着こなして。
君たちが成長する間に、私の頭の方がつんつるてんになってしまいました」

 

 

意味が無いとはこういうことである。

校長のユーモアや優しさも伝わるし、思い出を振り返るにはとっておきのエピソードだが、
話全体からみれば、おそらく聞き逃しても支障のない部分である。
そして、聞き逃されたとしても話し手として不本意なポイントではない。
まあこれが思ったより笑いを取れたら、「今のところは聞いとけよ」と思うだろうが。

 

こんな風に、文章として成立はしているが、省いても支障のないポイント。

歌詞でいうなら、真っ先に私が思いつくのが、
過去記事で私が何度も述べている

「空は晴れ、鳥は歌い」である。

空が晴れていることと鳥が歌っているというシチュエーションを説明しているので、
文章としては意味があるが、何かを伝えるという場面ではこんなもの何の意味もない。

 

意味がない、というとマイナスイメージに聞こえるだろうか。
全くもってそんなことはない。

こういったフレーズは非常に有効であり、
なんならこれだけで歌詞を書き切ることだってできる。

空は晴れ、鳥は歌い、のような情景描写だけで歌詞を書くとどうなるか?
歌詞以外の部分が際立つのである。

意味が無いということはつまり注目もしなくてよいということだ。
そうなると、その分の注目が別の要素に集まることになる。
例えば「そういえばこのボーカル、低音がすごく綺麗だな」とか、
「Aメロで小さく鳴っているピアノのメロディがすごく綺麗だな」とか。

このような効果も望める上、

伝えたいメッセージと織り交ぜながら入れると、
メッセージの部分が聞きやすくなるのである。
これは冒頭で述べた「パンチラインだけで構成するな」の理由にもなるのだが、
大事な部分、つまり聞き逃せない部分が続くと人は集中力が切れてしまう。

100歩譲ってこれが文章ならば、読み返しながらじっくりと進むことができるが、
歌やスピーチというものは、理解をしながら次に流れてくるワードも受け入れなければならない。これは非常に労力のいる話で、実際これを行うと、聞き手の集中力が切れる他、
伝えたいところを聞き逃されたりする。

それを防ぐためにも、意味の無い部分を入れ、ブレイクタイムに当てさせる必要があるのだ。

ちなみに私がよく無意識にやっているのは、
サビ終わりの「深い」と思うワードを、
2番Aメロの意味の無い部分のうちに考える、というものである。

 

まあ、こんな風に「意味のない部分」の重要性はおわかりいただけたかと思うが、
最近私の中で「空は晴れ、鳥は歌い」に次ぐ意味の無いフレーズが

「雨のち晴れ」である。

 

平井大/陽のあたる場所へ

 

意味のないフレーズでポピュラーなのが情景描写だが、
中でも天気の話題というのがダントツで使いやすい。

天気が心模様を表すなんて2021年現在ではベタすぎて、
もはやギミックとして認められない。なのでもう意味が無いも同然である。

漫画やドラマで、話題がない時のお決まりフレーズとして「いやあ、いい天気ですね」というのがあるが、なんにも頭に浮かばない時に出てくるフレーズだとすれば、意味が無いのも納得である。